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お通夜でした

さっき、お通夜から帰ってきました。

友達のお義母さんが、亡くなられました。

90歳の大往生なんですけど

今年になってからは、機械で生かされてるだけの入院生活でした。

                                                     

この友達はウチの隣のブロックで

ウチの双子と同級生の可愛い1人娘がいます。

私よりも6歳年上の、頼りがいのウンとある友達です。

後から偶然わかったんですけど

彼女、私の中学と高校の先輩だったんです。

歳が離れてるんで、私と入れ違いに卒業していますけどね。

日帰り旅行にもよく一緒に行ってます。

一昨年は、神戸のルミナリエにも行きました。

毎日のウォーキングも、何年か一緒に続けました。

                                                     

そして彼女は、ご他聞にもれず嫁姑の問題を抱えていました。

お義母さんとは、6年前から同居を始めたんですけど

お義母さんと言うのが、戦争未亡人なんですよね。

戦争未亡人は、再婚しなければ遺族年金が出るそうで

賛否両論ありますけど、割合大きな額なのだそうです。

それにも助けられたそうですけど(本人談)

3人の子供を1人で、和裁を教えて育ててこられました。

でも、それまで1人で何でも自由にやってきたので

気を遣いながらの生活はきっと、窮屈だったでしょう。

でもそれは友達も同じこと。。。

なので、聞いていると、あ~、大変だなァといつも思ってました。

                                                                                                                     

ここ数年前から認知症の気配が出てきていて

私も6年前から、お義母さんに会って話す機会がよくあり

最近の様子から、だんだん進んできてると思ったんで

私が住んでる近くに、全国的にも有名な認知症専門病院が

あるので、1日も早く受診するようにアドバイスをしていました。

でも、息子さんであるご主人が反対されてて、なかなか。。。

で、そうこうしてる内に、昨年末転んで頭を打って血漿ができて

緊急手術、そのまま入院、意識が戻ることはありませんでした。

認知症には色んな症状があるんですけど

このお義母さんの1番顕著な症状は、被害妄想。

もう何でもかんでも、嫁が悪い!嫁さえいなければ。。。

最初は子供達や親戚にアッチコッチ電話してたんですけど

それがひどくなると、近所の知らない家にまで、嫁が

「ご飯を食べさせてくれない」「お金を盗んだ」「叩かれた」と

思いつく限りの被害妄想を訴えて歩くんですョ。

1度、家の前の道路に倒れて、近所の人に

「嫁に殺される。警察に電話してくれ」と頼んだそうです。

そういう騒ぎが続いて、しばらく友達は実家に帰ってました。

                                                                                                                     

私は認知症の勉強もたくさんしてきたし

特養やグループホームに勤めてたんで、よく知ってるつもりでした。

でも違いました。

今までは、すでに認知症になってる人を介護していたんですよね。

でも私は、発症前の穏やかなお義母さんも知っているんです。

今回、身近な人がだんだん違う人になっていくのを見てきて

仕事の目で見ていた利用者さんとは違う感情を持ちました。

友達もどうしてよいのかわからない、ようでした。

ご主人が退職して在宅でしたから、面倒を見てたんですけど

昼間息子さんと2人なのに夕方からは嫁がいるので、それが

嫌だったみたいで、そういう環境も良かったのか悪かったのか。

                                                                                                                     

結局お義母さんは、周りの人たちには

ワケわからないことばっかりわめいてたおばあさんという印象を

残して、逝ってしまいました。

友達夫婦は、町内会にも言う気はないそうです。

親戚以外は誰にも言ってないからよろしくね、って言われました。

今日私はかなり長い間居たんですけど

近所の人も親戚の人も誰1人、訪れては来ませんでした。

友達は今は気が張ってるんで、もっていますけど

きっと心と身体がばらばらになったような、気の抜けたような

そんな状態になってるんだと思います。

1人になると、今までのことが全部頭の中を駆け巡るそうなんです。

「よくがんばってきたね~。 お疲れ様でした。」って

私は彼女に、何度も言いました。

「うん、うん。」って答えてましたけど、まだ実感はないでしょうね。

これから少しづつ立ち直っていくのを、煩わしくない程の距離で

付かず離れず見ていこうと思っています。

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コメント

そうですか。大変でしたね。
介抱するほうも、される方も大変ですもの。
嫁姑問題は、永遠のテーマですからね。
お友達が早く心の痛手から開放されますように、、見守って力になって下さいね。

あみ・もとさん
初めまして!
ご訪問くださって、ありがとうございます。

いつか誰に訪れるかもしれない認知症なのに
まだまだ一般の人には理解されていないんですよね。。。
なのでこの息子さんのように、専門病院の受診をみっともないと言って拒否していたら、どんどん症状は進んでしまいます。
いつ自分に降りかかってくるかわからないんですから
ちゃんと知っておかなくっちゃいけないと思うんですけど。。。
でも身近な人が、会うたびに変わっていってしまうのは
ホントに辛かったです。

友達も色んな辛いことから解放されたかもしれないけど
お義母さんもきっと長い間自分が自分じゃなかった辛さから開放されて
今頃、前のお義母さんに戻ってホッとしてらっしゃるかもしれません。

以前この友達が、私が辛いとき紅葉狩りに連れて行って
くれたことがあります。
今度は私が…と思っています。
突然夏が終わってしまったような気もしますけど
今年の紅葉はどうなのかしら。。。
綺麗な紅葉が見られたらいいですね~!


お友達はこれからしばらくが 過去から決別して立ち直れるかの一番大変な時期と思います。

私は一昨年95才で義父が亡くなるまで 20年近く義父母の認知症の介護をしました。
最初からの同居で 若い時は我が儘な明治生まれの義父ときつい義母に随分いじめられました。私も夫もそう思っています。
自分の立場が強くなって息子達も成長して来たら最初に義母の認知症が始りました。
義父も亡くなる前数年は同じでした。
テレビで認知症のドラマを見ていたら 夫が「あんな生易しいものじゃないな。」と言っていました。
幸いしたと思う事は息子達がその影響もあって
努力を惜しまない風に育っていった事です。
人は良い事も悪い事も続かない(仏教用語で無
常と言うそうです。)と思いました。
今は最高の幸せな日々です!

お友達には「自分の心だけに抱え込まずに子供さんにもどんどん苦労話をして下さい。」と言ってあげて下さい。きっと苦労された事は実を結びますよ。
それにちろままさんのようないいお友達がいらっしゃるからお幸せと思います。

akiさん
長い間、ずい分大変な思いをしてこられたんですね~。
私は年に何回か訪ねたときに、姑に嫌味を言われてたくらいで
実際にそんな思いをしたことはありません。
なんで、akiさんの苦労は想像しかできなくて。。。
akiさんも身近な人がだんだん変わっていくのを
その目で見てこられたんですね。
穏やかな人でも認知症になると、攻撃的になることが多いんで
きっとものすごい修羅場だったと思います。
ホントによく我慢されてきましたね。お疲れ様でした。
私も仕事でたくさんの認知症の利用者さんやその家族を見てきて
皆さんギリギリで私達に助けを求めてくるんですよね。
もっと早く相談してくれたら、もっと早く楽になってたのにと
いうことも多かったです。
akiさんは最後まで在宅介護をされたんですか?
どれほどのものかわかるだけに、頭が下がります。

昨日用事で訪ねてきた、友達の娘に聞いたところによれば
お母さんは、おばあちゃんの入院が長かったんで、その間にずい分
落ち着いたんじゃないかなって。
なので、今はやっと…と思ってるんでちょっと不安定だけど
それほどの動揺はないと思うとのことでした。
娘ってのは、いいですね。。。
そんなにちゃんと母親のことをわかってくれてて。
うらやましかったです~。
 
なので、思ったよりは元気になるのが早いかも、です。
でもそれはそれとして
紅葉狩りには行きたいとは思ってるんですけどね。。。


二人共在宅でしました。
義母は13年前に亡くなるまでの二年間は 毎日家にいても「家に帰る」と言って聞かないので
車に乗せてあちこち連れて行きました。
車に乗せるときょろきょろして家を探しているようでした。
実家へ連れて行っても昔と変わっているので まぼろしの家を探していました。逆らったら荒れて大変でした。
介護保険の制度が無い時だったので一人で介護しました。 
夫は癌の手術と長年の鬱病であてには出来ませんでした。
義父は妻の介護をするには我が儘過ぎて何もしませんでした。
息子三人は大学生でしたが県外だったので
帰省中に手伝ってもらいました。
私も若かった(40代)ので出来ました。

義父の時は介護保険を充分使わせてもらって
足らない分は自費でヘルパーさんに来てもらいました。絶対家を離れたくないと言って デイサービスにも行ってもらえませんでした。
ヘルパーさん 先生 看護婦さんに助けてもらいました。

その間は鬱病の夫とよく喧嘩しました。何度か
家出をしましたが 結局は家の事が心配で帰って来る始末でした。

総て終わって 夫の鬱病もほぼ治り仲良くなりました。地獄は終わったんです。

今は感謝!感謝!の日々です。

今年になって夫は13年前以来の二度目の癌の手術をしましたが 今の所 再発も無く順調です。

お友達の快復は早いですよ。

akiさん
やっぱりね、大変な地獄を経験してこられてるとは思いましたけど。。。
介護保険も一長一短がありますけど
やっぱり在宅介護の大きな支えになっていますよね。
でも今、その苦労した分息子さんたちの心に優しさも生まれ
ご主人とも穏やかな日々を送られているのでしょうから
akiさんの苦労は、決して無駄ではなかったですね。
これからもっともっと、色んな楽しいことを見つけて
挑戦していってください。
akiさん。
これからの人生が本番かも?!ですよ~!

義父の時はヘルパーさん達が私の心と体の支えでした。最初に来て下さった時に息子がヘルパーさんに「おじいちゃんの為ですが 母の為に宜しくお願いします。」と言ってくれたのが忘れられません。
介護保険は本当に有り難い制度です。

シルバーのヘルパーさんのパワーが凄かったです。自分で家族の介護を経験されてから資格を取られた方もいらっしゃいました。

はい! これからが私の第二の人生です。

いろいろ聞いて下さってありがとうございました。

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