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「金子みすゞ記念館」 in山口県長門市

もう少しみすゞのお話が続きます。

前回の「金子文英堂」から軒続きの「金子みすゞ記念館」に行きました。

相変わらず外は激しい雨ですが、館内はとても静かです。

この雨なので観光客もそれほどでもありませんでした。

(私たちがここを出る頃に大勢の団体観光客が来てましたけどね)

ここは写真を撮ってもいいところとダメなところがあるので

気をつけなくてはいけません。

館内はいろいろなコーナーがあり、ぐる~っと回ると金子みすゞのことが

全部わかるようになっています。

 

 

常設展示室ではみすゞの生涯や各時期にまつわる作品を展示してあり

貴重な写真、自筆の手紙やはがき、自作の詩集などが見られます。

努力の末に世間に認められ始めた頃に離婚や病気に苦しめられ

辛い日々を送ることになったみすゞはそんな中でも娘ふさえのために

たくさんの詩を残しています。

その詩を読んでいると自然に涙が出てきました。

産んだばかりの娘を残して逝くのはどんなに心残りだったでしょう。

みすゞは前夫から娘を守るために26歳で自分で命を絶ったんですが

どんなにどんなに辛かっただろうと思うと胸が痛みます。

文学に強い思いがあったのに自らそれを絶つなんて、どんなにか。。。

この常設展示室ではゆっくり一時間かけて隅々まで見て歩きました。

ここんとこのしんどかった強張りが、みすゞの柔らかな言葉で綴られた詩で

心の中でゆっくり溶けていくようでした。

みすゞギャラリーではみすゞの自筆の詩がたくさん展示されてるんですが

私はそこよりはこの常設展示室でみすゞの生涯を読みながらの詩の方に

ずっとずっと心を打たれました。

ホントにここに来られて良かった、心からそう思いました。

他には、ヘッドフォンで朗読が聴けるコーナーもありました。

日色ともえさんや地元の子供たちが朗読してくれています。

目で読むのとはまた違って耳から入ってくると直接感じるものがあります。

上手に読まれてましたしね。

 

 

唯一、ここで写真をお撮り下さいというコーナーがありました。

壁いっぱいにみすゞの写真が飾られていましたが、これが驚くことに

Dsc06724

全部人の顔の写真なんですよ~。

数は忘れましたが、たくさんの顔写真で作ったみすゞの姿でした。

この使った顔写真の数が世界一と言うことで

Dsc06721

ギネスに登録されたそうです。

なのですが、肝心のみすゞの写真は自己都合でちょっと載せられないんで

ま、腕が悪かったということでご勘弁を。。。

壁一面の大きな写真なんで、完成まで大変な苦労があったでしょうね。

ギネスの登録で少しはそれも報われたのかな。

 

 

全部ゆっくりじっくり見て回ったら2時間くらいかかりました。

最初の金子文英堂からですけどね。

ここの職員の方が同世代で昔の話で盛り上がってたくさんお話しました。

最後に「ありがとうございました」と声をかけて帰ろうと思ったら

もう一か所良かったら行ってみてくださいと地図をいただいたので

大雨と風で吹き飛ばされそうになりながら、行ってきましたよ~。

Dsc06732

「M20000」というところだそうです。

重いドアを開くと

Dsc06730

みすゞの有名な詩の一つである「大漁」が壁に書かれています。

真ん中のスイッチを操作してみると

Dsc06729

あらら、パッと深い海の底にいるような色に変わりました。

Dsc06728

スゴイ数の魚たちがみんな同じ方向に泳いでいます。

特殊な光で、色が変わったり魚たちが飛び出したように見えるんですね。

それがね、この壁は

Dsc06731

たっくさんのかまぼこ板でできてるんですって。

一枚一枚にメッセージが書かれています。

これも数え切れないほどのずいぶんたくさんのかまぼこ板でしたよ。

ここ仙崎は日本海に面した港町です。

なのであちらこちらに漁船がとめてあります。

それでかまぼこ板なんですよね、きっと。

そう言えば私が住んでる地域のスーパーでも仙崎かまぼこを売ってます。

ここにきて、あ~、そっかぁ、仙崎かまぼこの仙崎だって思い当たりました。

記念館の周りの建物の壁を利用してみすゞの顔を作ってると言う情報は

知ってはいたんですよ。

あちらこちらにあるそうでしたが、何しろものすごい土砂降りの雨なので

探すのは諦めました。

 

 

もう何年前だったか、金子みすゞと言う詩人が韻を踏んだ素敵な詩を

書いてるということをある本で知り、図書館で詩集を借りて読みました。

古い仮名遣いが詩とよく合ってて、とても感動したのを覚えています。

まるでもう一人の自分に話しかけてるような素直な詩だったので

す~っと私の心にも入ってきたのだと思います。

その時一番好きだと感じ、書き写した(PCがなかった頃なので)詩が

「私と小鳥と鈴と」でした。

みんなちがって、みんないい。。。あの詩です。

それからかなり時間がたってTVのCFでその詩が流れるようになり

あ~、金子みすゞだ、良いなぁやっぱり、くらいの気持ちでした。

それからまたまた時間がたって、TVで金子みすゞの生涯を描いた

ドラマを観ました。

その後また、ある雑誌で金子みすゞの特集を読みました。

それには金子みすゞ記念館のことも書いてあり、ぜひいつか訪れたい

と思うようになりました。

私にとってそういう長い行程があっての、この日の訪問でした。

 

 

都からは遠く離れた小さな港町で生まれ育ち生涯を終えたのに

その才能が後世で認められてこんなに有名人になって

みすゞはこのことをあちらで喜んでいるでしょうか。

あんなに自分の詩が世間に認められることを強く望んでたんだから

作品が大勢の人の目に触れることはきっと喜んでいるでしょうね。

みすゞが実際に生きてた証がいっぱい詰まった記念館での

ゆったり過ぎた時間は私にとって心の修復の時だったような。。。

いつかまたちょっとボロッとなったとき、ここを訪れられたらいいなぁ。

 

白木屋グランドホテルを出たときはまだ早かったんだけど

ここでゆっくり過ごしてしまったので、さ~そろそろ出かけましょ?!

この日は天候が悪いのに、三か所も観光に行ってきたんですよ。

あと二つ残ってる名所巡りはまた次回に。

昨日は記念館で買って帰った自筆の詩のカードを載せましたが

今日はみすゞの詩の可愛いイラストがあったんで載せておきますね。

(ブログ用だそうですよ)

みすゞの詩ってこういう可愛らしい絵がよく似合いますね~♪          

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お出かけ」カテゴリの記事

コメント

素敵な旅でしたね。

15~16年前に、斎藤由紀、池内淳子で「空のかあさま」というお芝居があり、帝国劇場で見ました。
その時始めてみすゞさんの一生を知りました。
お芝居の終盤でお子さんをお風呂に入れて(ご自分は病気のため一緒には入れないのです)寝かしつけ、自死をするために二階に上がるシーンでは、涙が溢れました。

その時に求めた詩集の中の詩は、二年前の震災後にテレビで何度も放送されたましたので、読み返してみましたが心に染みますね。

そういえば今日は、あの震災から丁度二年になりますね。
月日の経つのは早いものです。

もう少しであの時刻になります。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしましょう。


freesiaさん
おはようございます。

「空のかあさま」と言うと、ふさえがみすゞのことを呼んでいるのでしょうか。
お芝居でみると文章からとはまた違った感動があることと思います。
記念館で一番印象が残ったのはみすゞのふさえに対する愛情の深さでした。
みすゞだからこそ文章にして残せている愛情なんですね。
ひとつひとつ、心に染み入る文章でした。

3月11日と言う日を絶対に忘れてはならないことと
いざという時の心構えを持ち続けること。。。
言葉で言うのは易しいけど実行するのはなかなか難しいです。
昨日のTVで観たのですが、岡山県にはたくさんの避難者の方々がおられ
「ここに住んでいると穏やか過ぎてあの出来事が風化されそうで怖い。」と
言われていました。
同じ日本の中で生活が足元から崩れてしまった方々がおられ
日常に変化もなく平然と毎日を過ごしている私たちの中に避難してこられて
どんなにか歯がゆい思いをしてらっしゃるだろうと思います。
今の私にできること、生協宅配の支払い時に少しずつ募金をしています。
ホントに小さな手で申し訳なく思っていますが、これはずっと続けて行きます。
3月11日を絶対に忘れないで、自分の身を守ることをしっかり考えて行きたいと思います。

ちろままさん  おはようございます。

「空のかあさま」は2001年の作品でした。
みすゞさんの母ミチさんの目を通して描かれています。
きっと「かあさまは空にいるのよ」と言って、ふさえさんを育てられたのでしょうね。

ふさえさんは現在87歳くらいになられているのではないでしょうか。


freesiaさん
こんばんは。

あ~、そうなんですね。
お母さんとふさえさんの物語でしたか。
ドラマの最後に現在のふさえさんの姿も映ってました。
上品な、静かに笑う方でしたよ。

今晩は☆

金子みすゞの話を興味深く読みました。
私もドラマで見て辛い人生を初めて知りました。
その中から優しい詩が生まれたんですね。

でも娘さんを救う為とは言え、自ら命を絶って娘さんは幸せでしたでしょうか?

ブログ用のイラストの詩が心に沁みました。
何度も見ました。

akiさん、こんばんは。

あの頃は妻には子供は渡してもらえないのが当たり前だったことが
みすゞを追い詰めたんですね。
病気も当時は完治しない不治の病だったこともあったようですが
みすゞが母親として自分を守って逝ったことを
娘のふさえさんはいつ知ったんでしょうね。
みすゞの決断のおかげでふさえさんは父親には渡らず
みすゞの母親に育てられたことがせめてもの慰めでしょうか。
ふさえさんが大人になってからのことは何も書かれていませんでしたが
きっと幸せな人生を送ってこられたことと思います。

みすゞの自筆のカードを数枚買って帰って来てときどき眺めていますが
気持ちが安らぐと同時にいつも何だか少し悲しくなります。
やっぱりみすゞの最期が辛いものだったからなのかもしれません。


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