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変形性股関節症になるまでのこと

ここんとこ2か月前くらいから右足に不具合が生じていて

どんどん悪くなって、ついにもう最終段階に入ってしまったようです。

これから色々と体験していくことを記録として残したいと思います。

楽しい話題ではないので、興味のない方はスル―してくださいね。

                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  

私は平成9年、20年前に左足の脛骨を骨折しました。

友達がご主人の実家に里帰りするのにワンちゃん(女の子)を

連れて行けないので、私が預かることになりました。

このワンちゃん、でっかくて元気の良いまだ一歳の女の子でした。

翌日近くの公園に散歩に連れて行った時

ノラのワンコ(たぶん男ん子)を見つけてバッと向きを変えたワンちゃんに

私の上半身は反応したのに左足が穴ぼこに引っかかりました。

私の上半身と左足が180度開いてグジュッとかゴギッとか

なんとも言えない音がして、私の足はぐじゃぐじゃに折れてしまいました。

その後のことは端折りますが、一応20年前はどうにか骨はくっつきました。

あ、ちなみにその時男ん子に付いてったワンちゃんは

とうとう帰ってきませんでした。

その頃の私はこのことも友達に申し訳なくてずっと気にかかってましたが

友達が数年後今度はどこにでも連れて行けるようにと

トイプーを飼い始めたので、心からホッとしたのを今でもよく覚えています。
                                                                  
                                                                   

 

そしてそれからまた10年たった平成19年、やりたかった仕事に

一生懸命打ち込んでました。

痛い左足を引きずりながらでしたが、毎日が充実してた頃でした。

そんなある日、朝起きてベッドから降りようとして

えっ?!左足が動かない!なんでぇ???

左足が丸太ん棒のように腫れ上がってて

おまけに熱で真っ赤になってました。

急きょおっちゃんに仕事を休んでもらって

隣の市の市民病院によいこらしょっと運んでもらいました。

10年前の骨折の跡がぐじゃぐじゃに砕けて軟骨も無くなり

半月板も半分消えてたそうで、岡山の大きな病院を紹介していただき

そこで高位脛骨切り術という手術を受けました。

その時の左足の状態は(両方とも左足)

P5301070


その病院は2週間しか診てくれないので

その後倉敷の病院に転院して、と~っても楽しい入院生活を送りました。

もちろんリハビリにも一生懸命打ち込み

おかげで割合にステキな?足に戻って帰ってきました。
                                                                   
                                                                   
                                                                   
                                                                   

ただそのリハビリ中に担当PT(理学療法士)さんに

「右足がちょっと気になるのでレントゲンを撮ってもらいましょう」と言われ

その結果を整形外科の先生に聞くことになりました。

「あ~、これは先天性の臼蓋形成不全ですね」と先生が言われ

「はっ、それって何ですかぁ?」とマヌケな返事を返した私。

レントゲンを見せてもらって説明を受け、はぁはぁ、と納得。

生まれつき右足の大腿骨の受け皿である臼蓋という箇所が

あるべきところにないワケです。

そう言われても、まだ右足に不具合も全くなく痛くもかゆくもない私は

「あ~、そうですか」と、他人事のような返事をしてたんですよね。

でも確かにそう言われてみれば、子供の頃から右足の開きが悪いし

お姉さん座りも右にしかできない、足を組むのも左足を上にしてしか

組めない、長時間歩くと違和感がある。。。そんなことがあったなぁ。

じゃぁあれもこの障害のせいか、あ、な~るほど!

なんて思い当たって感心してたくらいの感覚しかありませんでした。
                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  

でも私にとってこの時まだ全く不具合が出てなかったことは

本当に神の救いだったと思います。

不具合が出ても不思議じゃない生活を送ってた私なのに

何で痛みが出なかったんだろうと今になって思ったりしますけどねぇ。

あんなに仕事で走り周り、人を抱えたり重い物も持ったりはしょっちゅう

腰や足に負担のかかる体制が不可欠で、かなりの重労働でしたから。

ま、とにかく、手術後一年して抜釘術を受け(その時の記録はこちらから)

それからどのくらいだったか仕事がしたくってたまらなくなり

また介護職に舞い戻って行きました。

そしてその年にケアマネ試験を受け、無事ケアマネになりました。

その後昨年96歳で亡くなるまで実母の介護もしましたが

股関節に痛みはあったものの、まだ普通に動けてましたからね。

神の救いはココでも十分発揮され、最期まで母の世話ができました。

このことは心から感謝しています。
                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  

実はこのブログを始めたのが2008年、平成20年でしたが

そのきっかけが手術を受けて仕事も辞め、リハビリに通うだけの生活で

当時ブログに毎日お邪魔して仲良くしてもらってたお友達にも薦められ

ま、言ってみれば暇つぶしに始めたのでした。

それから9年も続くとは思ってみませんでしたが。。。

で、2008年のブログを見返してみたら、けっこう足のことを書いてました。

2007年に骨切り術を受けて

その時に入れた金属を抜く抜釘術を受けるまでの間に始めたので

当時の私の一番の大問題をきっと誰かに聞いてもらいたい

ということもあったと思います。

その他、は~、9年前ってこんなことしてたんだなぁとか

あ~こんなことあったなぁとか、色々思い出しましたわ。

もう忘れてたことがいっぱいあってねぇ。

ブログ書いてたので記録が残ってて良かった♪と改めて思いましたよ。

                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  

9年前抜釘術の担当医師から、退院時に

「この膝は60歳くらいまでしかもたないと思うので

人工関節になるということも考慮して気を付けて過ごしてください」

と言い渡されました。

もちろん膝で入院してたので、股関節のことは全く触れられませんでした。

ま、私もすっかり忘れてたしね。

膝に入ってたチタンプレートとボルトたちは

Pa233350_2

でした。けっこう大きくって重かったですよ。

そして抜釘後しばらくは用心深くそろそろと暮らしてましたが

その内足のことは気にならなくなり、普通の生活に戻っていきました。
                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  
                                                                  
それから10年の間、左膝は少しずつ痛み始めていました。

でも歩けないわけじゃないし、慣れてるからあんまり気にならず

相当ひどい使い方もしてたんですよね、でもその内。。。

無意識に左足をかばってたせいか、ジワジワ右股関節は傷んできてて

母を見送り、ちろを見送り、痛みを我慢してた心の細い糸がプチンと切れ

それからはどんどん痛みは加速して行き、変形性股関節症に突入。

そして10年前手術を受けた病院を紹介してもらった総合病院を受診。

受診時、自分でももう相当悪化してることがわかってたので

心臓が飛び出るかというほどの緊張感と不安感をいっぱい抱えてドキドキ。

私の足には色んな歴史があり、上手に説明ができないといけないので

年代順に書き出したものを用意していき、受付けに出してました。

ちゃんと読んでもらえるんだろうか、なんて言われるんだろう、ん~。

え~っと待ってやっとこさ順番が回ってきて診察室に入るまで長かった!

病院の受診ってホンマに体力と忍耐力が要ると思いますねぇ。

あっちこっちの移動も大変、遠い検査室までよっこらよっこら。。。

でもま、これをクリアしないと次へ進めないのでガンバリました。

と、ここまでもずいぶん長くなりましたので、次回に続きますね。

                                                                   
                                                                   
                                                                   
                                                                   
                                                                   
                                                                   
変形性股関節症、で検索してここにこられた方もおられることでしょう。

と言うのも、私もホンマにたくさんのブログを巡り巡って回りましたから。

そして股関節の悪い方、それが臼蓋形成不全が原因の方が多いこと

ビックリしました。

私はどこの会にも所属していませんが、そういう集まりもあるそうで

全国の会員の多さにも驚きました。

でも私のように、自分で考え自分で決め自分で行動する人の方がきっと

多いと思うんですよ。

となると、やっぱり頼るのはWebでの情報です。

数えてませんが、たぶん100人以上の方の治療記録や体験談などを

私は読んで回ったと思います。

で、思うことは、あ~、みんな一緒なんだなぁ。。。

痛みに苦しみ、それによって起こる気持ちの問題に苦しみ、悶々と悩む。

そしてついに結論を出し、ガンバって前に進む努力をする、結果が出る。

私だけじゃない、この人もこの人もこの人も、みんな苦しんだんだ。

で頑張ったから今があるってことじゃな~、うんうん、了解ですよ。

一人じゃない、って気持ちにさせてもらって心強かったです。

なので私も記録と同時に、もし同じような状態の人が読んでくれて

ちろままもそうだったんだ~、で、そうやって再生したんだ~と

思ってくれたら嬉しいなぁと言う発想もあり、でした。

って言うか、私はまだスタート地点に立っただけですから

これからどんだけのことを書いて行けるか、全然わからないですけどね~。

無理はしない、出来ることを出来るだけ、です。
                                                                  
                                                                  

ま~、今日はなんて長いんだ。。。

改めてここまで辛抱してくださった方に感謝です。

いつものブログと合わせて、治療記録や闘病記録などなど

書いていけたらと思っています。

またよろしかったら読んでくださいね♪

どなたさんもお疲れさんでした~!

☆年月日を前後して書いているところもあると思うのですが

  思いつくままなのでこのまま載せますね、読みにくくてスミマセン。。。

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変形性股関節症・人工関節置換術」カテゴリの記事

コメント

私が ちろままさんのブログに会ったのは 
映画「藁の盾」の記事より少し前頃だったと
記憶しています。

足が先天性のところもあり 突発で起きた
事故で痛めたところもあり・・・。
読み進めていくと その状況で 仕事や
介護をなさったり ちろままさんの気力に
ただただ 感服するばかりです。

そして世の中に そのような方が多いことにも
驚きました。

しかし 常に前向きな考えのちろままさん
頑張ってくださいね。
私も 私の出来る事を 一つ一つ重ねていきたいと
思います。

melodyさん

そうなんですか、「藁の盾」って懐かしいです。
あの頃からお付き合いくださってるんですね〜。
ありがとうございます♪

私の骨量は10年前にはけっこう密にあったんで
骨折してなければ。。。とチラッとは思ったことがあります。
でもそれは左膝のことで、右股関節は先天性なので仕方ないです。
今回手術の担当医の先生が「左膝も相当悪いので、また診ます」
と言われていました。
左膝と右股関節がお互いにお互いを悪化させていってたみたいです。
人工股関節が落ち着いたら、今度は膝に人工関節かなあ。。。

ま、なるようにしかならないんで
その時の状況で、精一杯のことをするだけです。
と思ってても、これから続くだろうことを考えると
ちょっと気が重くなるのは正直な気持ちですけど。

ひょっとして誰かのためになるかなあと思って書いてるんですが
書き始めたら細かいとこまで思い出しちゃって
すごく長くなってますねえ。
きっとmelodyさんはいつも最後まで読んでくださってると思いますが
もうちょっと続くので、ヨロシクです。
本当にいつもありがとうございます♪

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